結婚して10年になる日和子と逍三。子供はおらず夫婦二人の生活。もちろん、もう新婚とは呼べない、かと言って日和子には落ち着いた夫婦というふうにも感じられない。

ただふわふわと漂っている。ただふわふわと、寄る辺もなく。


これは、『赤い長靴』の冒頭にある日和子が自分たち夫婦の関係を表現した言葉なのですが、私もこの本を読み終えて納得しました。

夫婦二人の生活の中で、日和子には、自分の言葉が逍三には通じていない、自分は一人ぼっちなのではないか、といったような思いが度々浮かびます。確かに、この夫婦の会話は会話として成立していません。日和子が考えるように逍三には日和子の言葉が通じていないとしか思えません。

たとえば、『旅』という章で、文字通り二人は泊りがけの旅に出かけるのですが、普通旅先では気分が高揚して普段よりも会話が弾むようなものなのに、旅館に着いた逍三は相も変わらず日和子のかける言葉に対しほとんど「うん」としか答えません。だいたい、いつも「泊りがけでどこかにでかけよう」と言い出すのは逍三なのに、少しも楽しそうじゃない。もしかしたら日和子のためにそうして旅館に連れてきてあげているのかもしれないのですが、それでもやっぱり・・・。

とにかく万事がこんな様子で、色々な夫婦のかたちがあると言えばそれまでですが、私だったらとても耐えられないなぁと思いながら読んでいました。

『赤い長靴』のいくつかの章は逍三の視点から描かれています。この逍三の視点で描いた章がなかったら、本当に逍三は私にとって理解不能な人物になってしまうところでした。逍三にしてみれば、日和子こそ捉えどころのない、まさにふわふわした存在なのでしょう。なぜ日和子が自分に腹を立てているのか逍三には本当に分かっていないのです。

そうすると、今度は、なるほどそういうものかもなとも思いました。夫婦だからって、やっぱり互いの心の中まで見通すことなんて出来るはずないんだなぁと、ちょっと落ち着かないような、不安な気持ちになってしまいました。まるで日和子の気持ちがうつってしまったように。

なんとなくイライラさせられるような二人の関係なのに、私はこの作品が好きです。そのあたりは私が江國香織ファンだからなのか、独特な江國ワールドが心地よく感じられるのです。他の女性作家が同じような作品を書いても、少なくとも私には心地よいなんて感じられないだろうなぁ。

赤い長靴 (文春文庫)
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