ようやくサン=テグジュペリの『人間の土地』を読み終えました。先日再読した私の好きな作品、伊坂幸太郎の『砂漠』の中の西嶋という登場人物が、この『人間の土地』の中の文章をいくつか引用しているので、機会があったら是非読んでみたいと思っていたのです。最初に『砂漠』を読んだ時にもそう思っていたのに、読まずじまいで、結局、『砂漠』を再読した事で今度こそ!と思った訳なのです。

そんなに分厚い本ではないのに、読み終えるのに結構時間がかかってしまいました。

そういえば、伊坂幸太郎の『砂漠』に、主人公の北村と彼女の鳩麦さんが『人間の土地』について話す次のような会話がありました。

「僕も読んでみようかな」
「小説としては面白いのかなあ、どうだろう」鳩麦さんは気勢を削ぐようなことを言った。


確かに面白いというのとは、ちょっと違う気がしました。かと言って、難解な言葉が並んでいるというわけでもありません。ただ、ひとつの文章、ひとつの言葉にいちいち立ち止まってしまうのです。その意味を噛み締めるためというか、味わうためというか。

『人間の土地』は、飛行士だったサン=テグジュペリの様々な体験談を中心に描かれています。それが、単なる体験談に終わっているのなら、私はもっとスラスラとこの作品を読む事が出来たかもしれません。でも、実際はそうではなく、その体験を通して、人間、あるいはその人間が住むこの地球について、サン=テグジュペリ自身が感じたこと、考えたことが語られているのです。

印象に残った言葉を挙げていくときりがないのですが、一箇所だけ。

なんとはかない舞台の上で、演じられていることだ、人間の喜怒哀楽の身振りが!まだほとぼりもさめきらぬ溶岩の上に、かりそめに住みついたかと思うと、早くも次回の噴火の砂に、雪の猛威に脅やかされている人間が、あの永遠に対する憧れをどこから引き出してくるものなのか?彼らの文明にしても、脆弱な鍍金でしかないではないか、火山が、新しい海が、砂嵐がそれを亡ぼしうるのであってみれば。


それに、『砂漠』で西嶋が引用した「ぼくが泣いているのは、自分のことやなんかじゃないよ・・・・・・」という言葉にもハッとしました。これは、この前後を読まなければ意味が伝わらないと思いますが。

新潮文庫のカバー装画と解説を宮崎駿監督が担当されています。私がそれを意識して読んだからか、サン=テグジュペリの僚友の一人、メルモスが巨大な竜の竜巻の円柱を回避しながら、飛行し続けたという場面では、『天空の城ラピュタ』のワンシーンが頭に浮かびました。

これは、また何年か後に読み返してみたい作品です。その時は、また違う言葉や文章に心を動かされるような気がします。



サン=テグジュペリの『夜間飛行』も読んでみたい。

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