堀江敏幸の小説の中では、以前感想を書いた『いつか王子駅で』とこの『雪沼とその周辺』が特にお気に入りの作品です。『雪沼とその周辺』は、堀江さんの小説の中でも、素直に読みやすい、小説らしい小説だと思います。

『雪沼とその周辺』は、山あいにある町、雪沼とその周辺で暮らす人々のそれぞれの人生の1ページを描いた連作小説です。

どれも素敵な作品ばかりですが、私が一番好きな、というか印象に残っているのは、やはり最初の『スタンス・ドット』です。

あと三十分で廃業というボウリング場に、たまたまお手洗いを借りるために入ってきた若い男女のカップル。この二人がその日最初の客であり、本当の意味で最後の客だった。そこで、店主は彼らに無料でゲームをしていかないかと勧める。青年がゲームを始め、店主は手書きでそのスコアをつけ始める。
青年のゲームを見守りながらも、店主の脳裏には、自分のこれまでの人生、亡くなった妻のことなどが、思い出されるのですが、その少し切なく、寂しげな店主と、明るく屈託の無い青年とその彼女との対比が何だかすごく印象的でした。

とても短い話なのですが、読み終えた後も、照明を落として少し暗くなっている、そのボウリング場「リトルベアーボウル」がしばらく私の頭の中に浮かんでいるような、余韻の残る作品でした。

もうひとつ『レンガを積む』という作品も、私は好きです。店をたたむことになった前の店主から引き継いだレコード店「蓮根音楽堂」を経営する蓮根さんのそれまでの人生を振り返った、これもまたとても短い話なのですが、何故だか心に残りました。蓮根さんの人生にとりわけ大きな出来事が起きる訳でもないのに。

『雪沼とその周辺』には、そんなじんわり心に沁みる短編が詰まっています。これで、文庫のこのお値段は、かなりお得ですね(笑)。手元に残しておきたい小説のひとつです。こういう本に出会うのは、もちろん嬉しいのですが、例え場所を取らない文庫本とはいえ、こうやって、どんどん本が増えるのが悩みの種だったりもします。

雪沼とその周辺 (新潮文庫)
堀江 敏幸
新潮社
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