何だか村上春樹の小説が読みたい気分だったので、久しぶりに『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読みました。この小説を読むのはこれで3回目。

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ものすごく不思議なんだけど一応リアルな世界だと思われる“ハードボイルド・ワンダーランド”と高い壁に囲まれた不思議な街“世界の終り”、この一見無関係に思われる2つの世界のストーリーが交互に展開されていきます。

“ハードボイルド・ワンダーランド”の主人公“私”は計算士。計算士は重要なデータを特殊な技術で暗号化するのが仕事。“私”は地下の研究室で何やら大掛かりな研究をしている老博士の依頼を受けるのだが、それを機にさまざまなトラブルに巻き込まれていく。

一方、“世界の終り”の主人公“僕”は、高い壁で周囲をぐるりと囲まれた街の中で夢読みをしている。夢読みは、街の図書館に保管された一角獣の頭骨から古い夢を読むのが仕事。街には一角獣が住んでいて、夕方になると門番が門を開け、街の外に獣たちを出し、朝になるとまた街に入れているのだが、街に住む人間は街の外に出ることは出来ない。

“ハードボイルド・ワンダーランド”の世界はいかにも村上春樹っぽい。主人公の私はバツイチで今は気ままな一人暮らしをしていて、料理と古い映画と小説を読むのが好き。ということで、例のごとく色んな映画のタイトルや小説、曲名が出てきて楽しませてくれます。ただ、映画も音楽も古すぎて私には分からないものがほとんどなのが残念。知ってたらもっと楽しめるのに。『ワーロック』も『キー・ラーゴ』も『三つ数えろ』も『静かなる男』も観たことないし。ポリスも聴いたことない。でも、ボブ・ディランを知ってて良かった。
それから主人公が読んでいる小説はタイトルは知っているけど、やっぱり読んだことないものがほとんど。確か前に読んだ時も、ここに出てくる小説読んでみたいと思ったような・・・。思っただけで終ってました(汗)。

ということで、小説や音楽が出てくるシーンで特に印象的だった部分を引用したいと思います。私が村上春樹の小説を読む楽しみのひとつは、こういうシーンなんですよね。あ、あと食べ物が出てくるシーンも好きです。

彼女を待つあいだに、私は簡単な夕食を作った。梅干しをすりばちですりつぶして、それでサラダ・ドレッシングを作り、鰯と油あげと山芋のフライをいくつか作り、セロリと牛肉の煮物を用意した。出来は悪くなかった。時間があまったので私は缶ビールを飲みながら、みょうがのおひたしを作り、いんげんのごま和えを作った。それからベッドに寝転んで、ロベール・カサドシュがモーツァルトのコンチェルトを弾いた古いレコードを聴いた。


ウィスキーの酔いも手伝って、私はルージンに同情した。私はドストエフスキーの小説の登場人物には殆んど同情なんてしないのだが、ツルゲーネフの小説の人物にはすぐ同情してしまうのだ。私は「87分署」シリーズの登場人物にだって同情してしまう。


私はとにかく時代遅れの小説が好きなようだった。いったい今の時代にどれだけの若者が『赤と黒』を読むのだろう?いずれにせよ、私は『赤と黒』を読みながら、またジュリアン・ソレルに同情することになった。


「ボブ・ディランって少し聴くとすぐにわかるんです」と彼女は言った。
「ハーモニカがスティーヴィー・ワンダーより下手だから?」
彼女は笑った。彼女を笑わせるのはとても楽しかった。私にだってまだ女の子を笑わせることはできるのだ。
「そうじゃなくて声がとくべつなの」と彼女は言った。「まるで小さな子が窓に立って雨ふりをじっと見つめているような声なんです」


ボブ・ディランが『ライク・ア・ローリング・ストーン』を唄いはじめたので、私は革命について考えるのをやめ、ディランの唄にあわせてハミングした。我々はみんな年をとる。それは雨ふりと同じようにはっきりとしたことなのだ。


「ツルゲーネフはそんなにたいした作家じゃないわ。時代遅れだし」
「そうかもしれない」と私は言った。「でも好きなんだ。フローベールとトマス・ハーディーも良いけど」
「新しいものは読まないの?」
「サマセット・モームならときどき読むね」
「サマセット・モームを新しい作家だなんていう人今どきあまりいないわよ」と彼女はワインのグラスを傾けながら言った。「ジュークボックスにベニー・グッドマンのレコードが入っていないのと同じよ」


「『カラマーゾフの兄弟』を読んだことは?」と私は訊いた。
「あるわ。ずっと昔に一度だけだけど」
「もう一度読むといいよ。あの本にはいろんなことが書いてある。小説の終りの方でアリョーシャがコーリャ・クラソートキンという若い学生にこう言うんだ。ねえコーリャ、君は将来とても不幸な人間になるよ。しかしぜんたいとしては人生を祝福しなさい」


他にも太った娘の作ったサンドウィッチとか、全部挙げたらキリがないです。とりあえず、いつか『カラマーゾフの兄弟』は読んでみよう・・・かな。

“世界の終り”の方は、映画も小説も、音楽さえも存在しない世界なのでさっき挙げたようなシーンはありません。街の住人たちは心を失っているので、喜びも悲しみもないのです。まだ完全に心を失っていない主人公の僕だけが、そんな世界に違和感を覚えています。

最初は全く無関係の別世界だと思っていた“ハードボイルド・ワンダーランド”と“世界の終り”ですが、たとえば頭骨とか、“世界の終り”というキーワードとか、少しずつ共通する部分が出てきて、「おや?」と思うようになります。もちろん、終盤まで読めば全てが明らかになります。
私は最初に読んだ時は、とにかく内容を理解しようとしていたので楽しんで読む余裕はあまりありませんでしたが、2回、3回と読むうちにメインのストーリーとは別の、上で引用したような部分を楽しめるようになりました。たぶん、この小説もこの先何度か読み返すと思います。

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