伊坂幸太郎の『終末のフール』や堀江敏幸の『もののはずみ』などの新刊文庫と他の何冊かの文庫本をアマゾンで注文していて、今はそれが届くのを楽しみに待っているところです。積読本もないので、久しぶりに山本周五郎の『赤ひげ診療譚』を再読しました。山本周五郎の作品はそれほどたくさん読んでいるわけではありませんが、この『赤ひげ診療譚』は好きな作品のひとつです。

赤ひげ診療譚 (新潮文庫)

『赤ひげ診療譚』は、「狂女の話」、「駆込み訴え」、「むじな長屋」、「三度目の正直」、「徒労に賭ける」、「鶯ばか」、「おくめ殺し」、「氷の下の芽」の八編からなる連作短篇集です。

主人公の保本登は三年ほどの長崎遊学から江戸に帰って来たばかりの医師。本当なら登には長崎から帰った後は幕府の御目見医の席が用意されているはずだったのだが、なぜか小石川養生所の見習医として働くことになってしまう。
長崎遊学の間に婚約者のちぐさに裏切られ、失意の底にあった登は、ちぐさを恨み、ちぐさの父であり、御目見医に推薦してくれるはずだった天野源伯を恨み、源伯の知人である登の父をも恨んでいた。
養生所に来たばかりの登は、“赤ひげ”と呼ばれる養生所の医長、新出去定に対して強く反発していた。赤ひげに対してだけでなく、同じ見習医の森半太夫に対しても、世の中の全てに対して腹を立て、暇さえあれば酒を飲んでいた。
しかし、自らの失態により養生所の敷地内にある建物にいる狂女おゆみに危うく命を奪われそうになったところを赤ひげに救われた登は、この出来事をきっかけに少しずつ立ち直り、赤ひげの下、貧しい者を救う養生所の医師という仕事にやりがいを感じるようになっていく。

山本周五郎の時代小説というと、どこか甘い優しさが漂うイメージを持っていたのですが、『赤ひげ診療譚』に登場する養生所の患者となる貧しい人々の中には、若い男を自分につなぎとめるために娘と結婚させたり、十三歳の娘が娼家で客を取らされていたり、貧しさのあまり盗みを働くようになった幼い息子に心を痛め、将来を悲観し一家心中を図ったり、娘や息子を食い物にする親がいたり・・・と人間の醜さがむき出しに描かれています。私は、そのちょっと辛口なところが好きです。

また、赤ひげの言葉には、山本周五郎節が見え隠れしています。

世の中は絶えず動いている、農、工、商、学問、すべてが休みなく、前へ前へと進んでいる、それについてゆけない者のことなど構ってはいられない、---だが、ついてゆけない者はいるのだし、かれらも人間なのだ、いま富み栄えている者よりも、貧困と無知のために苦しんでいる者たちのほうにこそ、おれは却って人間のもっともらしさを感じ、未来の希望が持てるように思えるのだ


こんな感じで、ちょっとお説教っぽくも感じるようなせりふがあるのが山本周五郎作品の特徴ですよね。山本周五郎作品にあるそんな名言ばかりを集めた名言集が『泣き言はいわない』。そんなに周五郎作品を読んだ訳ではない私ですが、なぜかこの名言集は持っていて、思いついた時にパラパラっと眺めています。色んな周五郎作品をちょっとずつかじったような気になります。

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山本 周五郎

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『赤ひげ診療譚』は黒澤明監督が『赤ひげ』として映画化しています。

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赤ひげを演じたのは三船敏郎、保本登を演じたのは加山雄三のようですね。
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