一番楽しみにしていた4月発売の新刊文庫、長嶋有の『夕子ちゃんの近道』。読書の喜びを感じさせてくれる小説でした。ここ最近に読んだ本の中ではダントツで大好きです!今までの私の長嶋有作品No.1は『ジャージの二人』でしたが、『夕子ちゃんの近道』がNo.1になりました。

夕子ちゃんの近道 (講談社文庫)

フラココ屋という西洋アンティーク専門店のアルバイトに雇われた主人公の僕。僕は倉庫代わりに使われているフラココ屋の二階に住んでいる。箪笥や鏡台、絵画などさまざまなものが置かれているため、六畳一間の部屋は布団を敷くといっぱいになってしまう。窓にはカーテンもなく、風呂はあるにはあるがそこにも荷物があるので使ってはおらず、たまに銭湯通いをしている。暖房もない部屋で布団を何枚もかぶって寒さをしのぐという、何だか昭和の香り漂うような生活を送っている僕。でも、僕はお金がないというのではなく、貯金もちゃんとあって、買おうと思えば電気炬燵だって買えるのだけれど、フラココ屋二階に長く住もうと決めたわけではないので、荷物を増やしたくないだけ。

フラココ屋で働くようになった僕はフラココ屋を基点にいろんな人に出会う。フラココ屋の店長、何も買わないのだけれど毎日のようにフラココ屋にやってくる常連客の瑞枝さん、フラココ屋の大家で頑固な八木さん、八木さんの孫で美大生の姉・朝子さん、定時制高校に通う妹・夕子ちゃん。さらに相撲好きのフランス人、フランソワーズなど。

朝子さんなどは、最初のうちは僕に会っても声も掛けてくれなかったのに、ある日挨拶してくれて、次第に言葉も交わすようになるなど、だんだんと親しくなり、僕がそこでの生活に馴染んでいく様子がゆっくり丁寧に描かれています。それに比例するようにフラココ屋二階の僕の部屋にも石油ストーブやカーテン、テーブルなど瑞枝さんや店長がくれた物が増え、生活感もでてくる。

最初は瑞枝さんや朝子さん、夕子ちゃんにも特別なんの感情も抱いていなかった僕だけれど、徐々に親愛の情(恋愛感情ではない)は増していく、その感じが本当にいいんです。

真夜中に瑞枝さんが僕の部屋に石油ストーブを持ってきてくれる場面が好きです。ちょっと長いですが引用します。

 部屋が青い。
 そう気付くとすぐに部屋に差し込む光は点滅をはじめた。布団からがばりと身体を起こして窓の外をみると、点滅する青信号の光の下、瑞枝さんが四角い石油ストーブを運んでいる。半分渡りきる前に信号が変わり、車は不機嫌そうに瑞枝さんをよけて走り去った。瑞枝さんは横断歩道の真ん中でいったんストーブを置くと、ふうと息をつくようにして両手をこすりあわせた。
 手伝いにいかなくては。赤に戻った部屋の窓際で、だが僕は動かなかった。よっこらしょ、といったかどうかは分からない。瑞枝さんはいつもと違うボアのついた厚手のコートを着ている。雪山遭難者の捜索隊だ。白い息をはきながら再びストーブを両手で持ちあげ、勢いをつけて歩きだす。(中略)
 「灯油はいれといたから」寒そうに鼻をすする瑞枝さんの小さな身体をむやみに抱きしめたくなったのは、ただ単に感動したからだった。今ここで庇護されているのが自分ではなくて彼女であるという錯覚を感じたのは何故だろう。


実は、瑞枝さんは何でも人にあげたがる、店長いわく、あげたい病だということが後になって分かるのですが。でも、この場面、何だか目に浮かぶようで私は好きなのです。

読み終わってしまうのがもったいなくてゆっくりゆっくり読みました。ココに書いたように、初回出荷分の文庫のオビ裏にはオマケとして短ーいショートストーリーが書いてあります。この短いオマケでも読めるのが嬉しかったです♪文庫についているしおりもちょっと凝ったものになっていて、そのこだわりがいいなぁと思います。

また『夕子ちゃんの近道』は第一回大江健三郎賞受賞作ということで、巻末には大江健三郎さんの選評があります。

この本を読んでいる間は本当に楽しくて、嬉しくて思わず顔がにやけてしまうほどでした。ますます長嶋有が好きになりました。

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