私は角田光代の小説よりもエッセイが好きです。と言っても、小説の方はまだそれほど多くの作品を読んだわけではないので、もしかしたらこれから読む小説に私が好きだと思うものがあるのかもしれませんが。

しあわせのねだん (新潮文庫)

『しあわせのねだん』は、角田さんがお金を払って手に入れたさまざまなものについてのエッセイ。各エッセイのタイトルは「昼めし 977円」、「Suicaカード 5000円、定期入れ 4500円」、「ヘフティのチョコレート 3000円」、「電子辞書 24000円」、「健康診断 0円」など、何とも分かりやすいものになっています。

 私はごはんを食べるのが好きである。グルメというのでなくて、ただ口がいやしいのである。
 最近気づいたのだが、私はほぼ一日じゅう、次の食事のことを考えてすごしている。
 たとえば八時に仕事をはじめる。すでに昼食のことを考えている。小説を書きながら頭の隅で、今日の気分と、近隣の飲食店で供される食事のすりあわせを、懸命にしているのである。


これは「昼めし 977円」にある一文。ごはんを食べるのが好きだという角田さん。そう言われて収録されているエッセイのタイトルを改めてながめてみれば「昼めし 977円」、「ヘフティのチョコレート 3000円」(ただし、これはバレンタインデーに買ったもの)の他にも「蟹コース 5820円」、「コーヒー 2.80NZドル、ヤムヌア(牛肉サラダ)ごはんつき 8NZドル」、「ねぎそば 390円」、「松茸 4800円」、「ラーメン 680円」、「ランチ(まぐろ味噌丼定食) 400円」など食べ物にまつわるエッセイが多い。

また、特に買うべきものがなくても家電ショップをウロウロするのが楽しい私(夫もそう)が、頷きながら読んだのは「冷蔵庫 136000円」。必要でないはずの家電をみているうちに、わくわくして、それが我が家にやってくるところを想像したりしちゃう、その気持ち!分かるなぁ。

思わずしんみりしちゃったのは「記憶 9800円×2」。毎年母親の誕生日に、温泉旅行をプレゼントしていたという角田さん。インターネットで検索して見つけた日光の旅館は一泊9800円、夕食は豪華松茸コースというもの。ホームページで確認した外観も部屋も風呂もいい感じ。松茸が好きではなく、肉が好きな角田さんだが、逆に肉が嫌いで松茸が好きという母親のために松茸料理のその宿を選んだのですが・・・。
実際の宿は、ものがなしい雰囲気の漂うぼろ旅館。散歩に出て、立派な宿を見かけた母親に「こういう宿は、とれなかったの?」なんて言われてしまって、むかつきはじめる角田さん。それでも、「夜ごはんがきっとおいしいんだよ。松茸コースだし。帰ってお風呂でも入ろうか」と陽気に言ったのですが、風呂も食事も最悪で。でも、角田さんが一人で部屋にいる時にやって来た仲居さんに母親が毎年誕生日に温泉につれてきてもらうことをうれしそうに話していたと聞かされた後は、母親の愚痴にも穏やかな気分で相づちを打った角田さん。
その後、角田さんのお母さまは亡くなられたとのこと。そうなってみると、もっとも心に残る旅行は、この日光の温泉旅行なのだそうです。

親と子の立場はいつか逆転して、旅行に連れて行ってもらっていた子どもが今度は親を旅行に連れて行く。旅先のわがままを母親に叱られたことを思い出しながら、「だから親を旅行に連れていく子どもも、存分にぶち切れていいのである。役まわりの交代なのだから。」と角田さんは言う。さらに「私が自分にとってこ幸福だと思うことのなかに、それがある。役まわりを交代できたこと。母がしてくれたそのことを、私もすることができ、私に許されていたそのことを、母にも許すことができたこと。」とも。

私自身30代になり両親もまもなく60歳をむかえようという今、何だかこのエッセイがしみじみと心に沁みてしまいました。でも、母と娘って言いたいことを言って、それでむかついたりしちゃうものなんですよね、やっぱり。

しあわせのねだん (新潮文庫)しあわせのねだん (新潮文庫)
角田 光代

新潮社
売り上げランキング : 100793

Amazonで詳しく見る
スポンサーリンク
関連記事