久しぶりに星野道夫の『旅をする木』を再読。この本を初めて読んだ時、これは何度も読み返す本になるだろうと漠然と感じました。

『旅をする木』に限らず、星野さんの本を読むと、アラスカの自然や野生動物に対する温かい気持ちが、じんわりと沁みこんでくるのです。そして、見たこともないアラスカの森や海や川が目の前に広がるのです。
アラスカの自然と野生動物の姿を写真におさめてきた星野さんに対して私が勝手に抱いていたイメージは、どこか人を寄せ付けない厳しさがある・・・というものでした。しかし、星野さんの本を読んで、それは全く的外れなものだとすぐにわかりました。自然や動物だけでなく、星野さんの人に対する愛情の深さもひしひしと感じられるからです。

この本の全部が好きなのですが、気に入っている箇所をちょっとだけ紹介します。

秋は、こんなに美しいのに、なぜか人の気持ちを焦らせます。短い極北の夏があっという間に過ぎ去ってしまったからでしょうか。それとも、長く暗い冬がもうすぐそこまで来ているからでしょうか。初雪さえ降ってしまえば覚悟はでき、もう気持ちは落ち着くというのに・・・・・・そしてぼくは、そんな秋の気配が好きです。(『北国の秋』)


アラスカの自然を旅していると、たとえ出合わなくても、いつもどこかにクマの存在を意識する。今の世の中ではそれはなんと贅沢なことなのだろう。クマの存在が、人間が忘れている生物としての緊張感を呼び起こしてくれるからだ。もしこの土地からクマが消え、野営の夜、何も怖れずに眠ることができたなら、それは何とつまらぬ自然なのだろう。(『早春』)


昔、電車から夕暮れの町をぼんやり眺めているとき、開けはなたれた家の窓から、夕食の時間なのか、ふっと家族の団欒が目に入ることがあった。そんなとき、窓の明かりが過ぎ去ってゆくまで見つめたものだった。そして胸が締めつけられるような思いがこみ上げてくるのである。あれはいったい何だったのだろう。見知らぬ人々が、ぼくの知らない人生を送っている不思議さだったのかもしれない。同じ時代を生きながら、その人々と決して出会えない悲しさだったのかもしれない。(『アラスカとの出合い』)


私にとってこの『旅をする木』は、これからも何度となく読み返すであろう大切な本です。



なお文庫の解説は著者と親交のあった作家の池澤夏樹さん。解説のタイトルは『いささか私的すぎる解説』。亡くなった星野さんへの想いが綴られています。
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